コピーライティングって要はデスノートです

シェアする

私は断然、月(ライト)派

どうも、稲垣です。

突然ですが、皆さんデスノートってマンガを読んだことがありますでしょうか?


有名な作品なので、ほとんどの方が大方のあらすじくらいは知ってる前提で話しますが、あれって人を殺すだけでなく対象者を殺すまでの行動を『操る』ことができるんです。

俺の記憶が正しければ、作中で対象を殺す前に奇行を起こさせたり、さもデスノートによって死んだと思わせないような行動をさせたり、そういうオマケというには大きすぎるオマケ能力が備えられてます。

我々が普段使っているコピーライティングという能力もデスノートみたいなもんだな、と思うんです。使い方が悪ければ、デスノート同然人を操ったり、人を不幸にしてしまったりします。ただ、それはコピーライティングやデスノートに限った話ではないんですけどね。

「操る」とは少しニュアンスが違いかもしれませんが、「力」と名のつくものは使い方を間違えれば、人を傷つけてしまうものがほとんど(デスノートの操る能力もやはり多くの人を傷つけていました)。

武力
腕力
権力
知力
魅力

だれだって程度の差はあれ、何かを壊せる力を持ってる。そう思うんです。子供だってその気になればある程度のものはこわせまし、中学生や高校生ならなおのことです。

幽☆遊☆白書で玄海師匠の言った言葉、

「お前は人よりこわせるものがちょっと大きいだけだ。無性に何かをこわしたくなったらまずは私のところに来い。」

このシーンが強く印象に残ってます。

幽助は元々喧嘩っ早い不良でこそあれ、弱い者いじめをする感じでもないですし、正義感を持ったいい奴ですが、それでも力の魅力、ある種の破壊衝動に狩られてしまいそうな描写がありました。

デスノートの主人公の夜神月はデスノートを使って世の中を良くしようと次々に殺人を犯し、最終的には破滅し、殺されてしまいます。それは見る人が見れば、自業自得なのでしょうし、力に溺れたようにも見えるんでしょうし、事実そうだったんでしょう。

殺人は犯罪ですし、彼がやったことで世界は救われなかったけれど、俺は夜神月の気持ちが分からんでもないし、彼が滑稽だとも思えませんでした。

「力」というのは往々にしてそういうものなんでしょう。だれもが多かれ少なかれ、それを持ち、自身を狂わせてしまうような魅力があり、使い方によっては他者を壊したり、操ったりして狂わせてしまうこともある。

力って怖いですね。人はそれに翻弄され続ける。

それは何もマンガの世界だけ起こることではなく、現実世界でも同様だってことは歴史が証明しています。例えば銃器は分かりやすい『武力』ですよね。警官が持てば抑止力になり、テロリストが持てば出せば無意味な血が流れる。

結局、力は何かを作るエネルギーにもなりうるし、何かを壊すエネルギーにもなりうるんで、力を何に変換させられるかは使い手次第なわけです。デスノートも大きな『力』とその使い手がどう向き合うかという話でした。力を持ってしまった者がその力をどう使い、どう生きていくのか、そういうお話。

他にも似た事例でいうと宝くじの話(実話)は有名ですね。高額当選した人の8割以上が3年以内に破産するとか、9割以上が不幸な目にあうとか、細かい数字には諸説ありますが、まあ要するにいきなり多額のお金が手に入ってしまうとほとんどの人はその力に飲まれ、狂っちゃうんですよ(あまりにも高額当選者が不幸になるので、宝くじに当選するとまずお金の使い方が書かれた冊子が渡されます)。

わざわざ、何億円ものお金を手にして、破産したり、家庭崩壊させたり、するのはにわかに信じがたいですが、それだけ突如手に入る力(金)は怖いってことです。

では、反対に宝くじではなく、普通にお店を開いたり、ビジネスで何億円も稼いでる人たちは破産してるのかってーとそんなことは特にないです。なぜ宝くじはダメなのに普通に稼ぐのはOKなのか。

ここで注目して欲しいところが、宝くじ、夜神月、浦飯幽助をはじめとした力を持て余し、狂う系の特徴は「本来必要な手はずを省いて力を手に入れている」っつーところです(幽助は狂いかけただけですけどね)。

夜神月はある日突然道端でデスノートを拾い、そこで得た力で道を誤りましたし、冒頭の画像のシーンの幽助は自分の力だけで倒せなかった敵を倒すために(不本意ながら)魔王である父親の力を借りた直後ですし、宝くじの当選者は自分の実力を度外視したただの運で手に入ったお金です。どれも自分の実力で手にした力ではないんです。

結局、自分自身のキャパを超える力はコントロールできなくなってしまうものです。考えてみりゃ普通のことなんですけどね、それでもやっぱり人は宝くじを買うだろうし、デスノートが落ちていれば拾っちゃうんでしょう。それだけ力ってのは魅力的なんです。

我々ライターの界隈でも、力に飲まれて、狂っちゃった系の人は少なくありません。コピーライティングは嘘をついていいのなら、売り上げをあげたり、稼ぐのは極端に難易度が下がりますからね。ですがイージーに力を手にした人々の末路ってのは往々にして残酷だってことはすでに皆さんお分かりのことでしょう。

玄海師範のように力に溺れることなく、良きことに使い、そして正しい使い方をしてくれる人に受け継いでいく。俺もそうなっていきたい、そうなっていかなきゃダメだなー。幽遊白書読みながらふとそんなことを思いました。

そのためにはコツコツ自分自身を磨きながら、何かしらの力を地道に手に入れていくしかないようです。繰り返しになりますが、どんな力も使い手次第。コピーライティングだって人を操りお金を搾り取ることにも使えますし、人を良き方向に導くこともできます。

どんな素晴らしい力もそれを使う人が至らなければ無用の長物となり、身を滅ぼすことになることをゆめゆめ忘れないように心がけていきます。共にそこらへんは気をつけて参りましょう。

ではまた。ありがとうございました。

シェアする

フォローする

コメント

  1. より:

    こんばんは。
    ブログ少し読ませていただきました。
    自分もFXツールや情報商材に手を出して稼げば自分の事業を持てると思い短絡的、短期的な結果ばかり求めビジネスをやっていました しかし1年ばかしネットビジネスの世界を知り、実際に事業を回している人に会って、そこには自分のやりたいことを叶える場所ではないと分かりました。地に足をつけた地道な努力をしていなかったと 短期的に稼いでいい気になっていた僕は目が覚めた感じでした

    このブログは共感することや勉強させていただく多く楽しませて頂いてます。

    • ARA より:

      素晴らしいコメントありがとうございます。
      そこに気付かれてる怜さんは素敵だと思います。

      お互い頑張ってまいりましょう。